Cafe de Viola ~カフェ ドゥ ヴィオラ~|由紀さおり・安田祥子 オフィシャルホームページ

カフェ ドゥ ヴィオラ

2回目のラオス訪問記

昨年と同じ3月に今年もラオス訪問が実現しました。
信仰心の厚いこの国は、お寺や寺院への寄進、また他の人達に優しく心を開くことで、自分も救われるという思いがあるそうで、穏やかで微笑みの多い人たちに会えることがとても楽しみでした。昨年植樹した場所にも行かれるというのも、私には今回の大きなイベントでした。

移動は飛行機と車。成田からバンコク(タイ)まで約7時間。バンコクからプロペラ機でラオスのビエンチャンへ2時間ほど乗りました。時差は2時間ですが、便が少なくて旅の1日目はこの移動だけで終わり?!
2日目、朝早く車で1時間近くかけて昨年植樹した場所へ。
image2000本近いローズウッドを植えたので、もう一面は青々として…と思っていたら、すべての木が育っていたというわけではなく残念な思いもありましたが、私たちが植えたのは確かこの辺?と思った場所の木が50センチ程になっていたのは嬉しかったです。

稚魚を放流した湖では釣りをしている船があったので、お魚も順調かな?とほっとしました。ランチタイムにツアーの方々と合流、昼食後2台の車でジャール平原に。ジャールはフランス語で「つぼ」の意味、インドシナ戦争後の平原に大小のつぼが点々とおいてあり酒造として使われたのか、周りに日用品等も発見されているので棺として使われていたのか、今も解明されていないようです。地雷がまだまだ完全に除去されていなく赤と白に塗り分けられたレンガが目印に並んでいて白と白の間を歩くようにというお話にはちょっと緊張しました。
image夕方の便で今回訪問する学校のあるシェンクアンへ。皆さんと夕食をして2日目終了。
3日目、5時30分のモーニングコールで起床、7時前に車でホテルを出発。8時からのプルメリアスクール「開校式」へ。信号がひとつもありません。ちゃんと舗装された道で予定より早く学校へ到着。すでに子供たちも家族の方も皆さん整列していて、手作りの白い花のレイを一人ひとりにかけてくれました。この学校は高地にある小さな部族の村にあり、昨年のようにきっと暑いだろう!と思っていた予想は大きくはずれ寒くて寒くて途中から雨も降り出し、着替えの時に脱ぎましょうと思っていたシャツも脱げなくなり(笑)バンコクの空港で買ったストールが早速出番となりました。
「赤とんぼ」「しあわせなら手をたたこう」は今回も大成功!
どちらもラオス語で一緒に歌いました。「ソレアード~子供たちが生まれるとき~」は日本語で歌いました。
今回妹が間奏の子供たちへのメッセージをラオス語で話しましたがちゃんと届けられたかな?式典終了後の子供たちとの交流も賑やかで笑いの絶えない時間でした。
生徒と間違えそうな可愛い先生もとっても一生懸命にお手玉に挑戦していました。この日の午後の便でビエンチャンに入っていないと成田へ戻るのが2日後になってしまうというタイトなスケジュールの中、もう1校2年前に開校した空港に近い学校を訪問することになっているので、残念でしたがお別れ。

車で40分程のアララギスクールへ。子供たちの大きな歌声が私たちを迎えてくれました。「赤とんぼ」も4番までラオス語で、「しあわせなら手をたたこう」もものすごいパワーで圧倒されました(笑)
私たちは今度はこの歌も歌ってほしいという思いで「ふるさと」を歌い、大急ぎで空港へ…。  
image公式行事を無事に終えて、ビエンチャン経由でバンコクへ。これで3日目が終了。
4日目の朝、8時ロビーに集合し今回はゆっくりバンコクのアユタヤ遺跡の観光を。
戦争で失うようなことがなかったら想像もつかないような豪華なそして裕福な国だったのでしょう。そのスケールには圧倒されました。18メートルもある涅槃像私と妹とBoojilさん象にも乗りましたよ!象使いの青年が「♪ぞうさん」を歌ったのにはびっくり(笑)日本からの観光客が歌ったのですね、きっと。午後は新しくできたモノレールに乗ったりしてショッピング。
image夕食は6年前に来た時に食べたお店にもう一度行かれたら…と心に念じ、お店のカードを持って行きました。健興酒家「SOMBOON SEAFOOD」ここの「かにのカレー炒め」とマンゴーとココナツミルクともち米を混ぜて食べる“デザート”。新しい支店ができていて念願が叶いました。う~んやっぱり美味しかった!初めての人も感激!充実した1日でした。

5日朝3時30分のモーニングコール!5時にホテルを出発。8時の飛行機で成田へ。私たちは31日夕方16時過ぎに帰ってまいりました。この時のバンコクは静かで空港閉鎖があったなんて信じられないと話していましたが、この原稿を書いているときはバンコクでは非常事態宣言がでて、取材をしていた日本人カメラマンが銃撃を受けて亡くなったというニューズがありびっくりしました。心よりお悔やみ申し上げます。

「微笑みの国」と言われたバンコクはどうなってしまったのでしょうね。国によって時間の流れや価値観が違うこと、便利さが必ずしも幸せとは限らないということなど、私もまだまだ学ばなければなりません。歌を通して何かお役に立てていることがある!と信じてこれからも頑張ります。

2010年 4月
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